もしもわたしの感性が豊かであるとするなら
歌詞がすきだ。
買ってきたCDの封を開けて、いちばん最初に歌詞カードを読むのがすきだ。解禁と同時にSpotifyで新曲を再生して、最速で更新された詞を検索して読むのがすきだ。詞だけで読んだときと、歌で聴いたときの印象が全然ちがったりするのを感じるのがすきだ。何気なく聴き流していた歌の意味が、ある日ふいに肌に浸透するように解るのがすきだ。
曲に乗せずに詞だけで読んでも、心がふるえる言葉がすきだ。
これほど詞にこだわって曲を聴き始めたのはたぶん12、3歳頃からだったと思う。その頃からスクラップするように心に集めてきた詞の言葉たちをここにまとめたい。
ここの比喩表現がすごいとか、押韻がすごいとか、技術的な凄さに気づけたのはもう少し後になってからだったのでそういう詞はまた別で書くことにする。
今回はもっと根源的な、10代〜今日までのわたしの心を掻き混ぜ、耕し、潤し、育て、象り、そして傷つけ、奮い立たせてくれた詞たちを集めた。
失くしたものと記憶
10代は「喪失」を聴いていた。「ここにいない」という強い思いで、ここにいつづけるひとの歌がすきだった。失くしたものは、諦めても忘れても、傷口が乾いても、うまく消えてくれなかった。
公園の角の桜の木が
綺麗だねってあなたに言いたくなる
ああそうか もう会えないんだったー「風の強い日」backnumber
当時中学生のわたしは「あぁそうか」に衝撃を受けた。曲中でもう会えないということに「気づく」、その心の動きを書き出せることが鮮烈だった。中学を卒業したあと、学校沿いの土手をこの曲を聴きながら毎日走っていた。
いつか他の誰かを好きになったとしても
あなたはずっと特別で 大切で
またこの季節が巡ってくー「ガーネット」奥華子
夏が来るたびに、この曲のこの旋律に何度でも泣く。
本当の事を言えば毎日は
君が居ないという事の繰り返しで
もっと本当の事を言えば毎日は
君が居ると言う事以外の全てー「手と手」クリープハイプ
「君が居な」くなったことで、どれほど毎日がどうでもいいものになってしまったのだろう。それ以外の毎日の全てを足しても、「君が居る」ことに到底及ばない。
愛し方さえも君の匂いがした
歩き方さえもその笑い声がした
一見、よくわからない。でも、こんなに「五感に焼きついている記憶」があるだろうかと思う。君の愛し方を思い出すたび、匂いがよみがえる。歩き方を思い出すたび、笑い声がきこえる。まるで映画のように、「君」の情景を憶えているんだろう。
世界で1番大事な人が
いなくなっても日々は続いてく
思い出せなくなるその日まで
何をして 何を見て 息をしていようー「思い出せなくなるその日まで」backnumber
「それから」の日々を生きる息苦しさを、はじめて言い当てられた気がした。今でこそこういう詞はたくさんあるけれど、当時としては先駆けだと思う。
失ったものだけが積み木みたいに重なって
崩れないようにすることで精一杯だー「アヤメ」石崎ひゅーい
失ったものは散り散りになるような気がしていた。でもほんとうは、「失ったもの」として不安定に積み重なっていくのだ。
何してたって頭のどこかで
忘れ得ぬ人がそっと微笑んでいて
憧れで 幸せで 僕を捕まえ立ち止まらせるー「忘れ得ぬ人」Mr.Children
曲中に出てくる「君」という存在が、「僕」の大切な人でありながら「忘れ得ぬ人」ではないのがかなしい。忘れ得ぬ人はいつだってその幻影に立ち止まらせるだけの存在なのに。
未経験の「映像」
描かれている経験をしたことはないのに、詞が綴る世界があまりにも映像で見えてしまうものだから、心惹かれる歌がある。
知ってる。わたしもその気持ちを知ってる。
言葉にできず 凍えたままで
人前ではやさしく生きていた
しわよせでこんなふうに雑に
雨の夜にきみを抱きしめていた
「人前」というとき傍にいる人には、とても見せられない痛みを「きみ」には見せられる。それは独りよがりな甘えなんだけど、大事にするとは真逆かもしれないけど、きみが特別で大切だということにどうか気づいていてほしい。
君の影の君らしい揺れ方を
眺めてるだけで泣きそうになったよー「Gravity」BUMP OF CHICKEN
みずみずしい感性ってこういうことをいうのだと思った。このままずっと他愛ない話をし続けていたい夕方の柔らかい光と、なにげない癖まで泣きそうに見つめている繊細なまなざし。
ぬるい夜の風が あなたの声をかすれさせた
だよね 柄じゃないね
泣いたりするのは卑怯だー「よるの向日葵」吉澤嘉代子
唐突な「だよね」に会話が見える。どんなふうにあなたを困らせて、どんなふうに無理して笑って、どんなふうに心を押し殺したか、どんなふうに「いつもの自分」を演じようとしたのか、ぜんぶ見える。
よく晴れた空に雪が降るような
あぁ そう 多分そんな感じだー「オールドファッション」backnumber
まだ冬のすこし残る三月、わたしはこの空を見た。雪は降ってはいないけれど、よく澄んだ空には柔らかい冷たさがあって、いまにも風花が舞うようだった。こんな空にたとえられるひとのうつくしさが眩しい。そういうふうに見つめる視点の愛しさも。
言い当てられて、はじめて見つかる
そんなこと考えたこともなかったけれど、詞に言われて初めて、自分もそう思っていたことに気づく、ということがある。未分化の心情に名前がついて初めて、たしかにそこにあったことを知る。
まちがいさがしの間違いの方に
生まれてきたような気でいたけど
この二行に一体どれほどのひとが救われるだろう。自分を肯定できないまま、それでも生きている日々につけられた名前だと思った。靄のような気持ちに名前をもらうことは、傷を癒す術なのだ。
ババ抜きであぶれて取り残されるのが
私じゃなくてよかったー「優しい人」米津玄師
抉られる。この思いに心あたりのある自分に。人に優しくありたいと願いながら、「不幸なのが私じゃなくてあの子でよかった」という仄暗い優越感を覚える自分に。聴くたびいつもそれを炙り出される。
わたしはいつも、感謝してばかり
できないわたしを縁取られてー「どうかそのまま」ヒグチアイ
ズボラ長女気質、正拳突きの一曲。こちとらやっておくからいいよ、という小さな優しさに、相手と自分の釣り合いの取れなさを感じて勝手に傷つけられる面倒な性格なのだ。
平気な顔でかなり無理してたこと
叫びたいのに懸命に微笑んだこと
朝の光にさらされていくー「春の歌」スピッツ
叫びたいのに飲み込んで懸命に微笑んだこと、何度もある。そっか、そんな心もいつか朝陽のもとにさらされていくならいいな、と思える。
わたしじゃない「強さ」
わたしは基本詞の一人称を自分と同一化して、「自分の感情」として曲を聴く。
だけどたまに、「これはわたしではない」と強く思う詞に出会う。わたしはとても、こんなふうには言えない。だけど、誰かにそう言ってもらいたかった。凛として力強い、わたしではない「わたし」に奮い立たせてもらえる言葉たち。
あなたのくれた言葉 正しくって色褪せない
でももう いらないー「染まるよ」チャットモンチー
正しくて、いらない。そう言ってもいいんだってことを教えてもらった詞。もう何年もお守りにしている。
私の価値が分からないような
人に大事にされても無駄ー「PINK BLOOD」宇多田ヒカル
絶対にこんなふうに言い切れないけれど強烈に心惹かれる宣言。理想や思い込みの型に嵌め込んで尊重したり、否定しながら愛したりされることへのアンチテーゼだと思っている。
与えられるものこそ 与えられたもの
ー「帰ろう」藤井風
死について歌われた詞のなかで光る人生哲学。自分がだれかに与えられるものは、自分が天から与えられたもの。欲するばかりでなく、惜しむこともなく、人に与えてこそ得られるものがある。
なかなかここまで言いきれない。ほとんど宗教。
キミの夢が叶うのは誰かのお陰じゃないぜ
風の強い日を選んで走ってきたー「FunnyBunny」the pillows
元来応援歌は苦手なのだけれど(根暗なので)、この曲のバランスは好き。「だれかが見ていてくれた」という安心感を覚える。この曲中で「キミ」と歌われるわたしのことは、結構すきだなと思う。
もしもわたしの感性が豊かであるとするなら、それはわたしの日々に、ありとあらゆる瞬間に、この歌と言葉が傍にいてくれたからだと今は思っている。
あなたにも、そんな歌がありますように。
あなたの心のとなりにいつも、お守りの言葉がありますように。